問われる日本の「天安門後」外交=学生弾圧に涙した現場-欧米と一線、対中関係改善:時事ドットコム

1989年6月3日深夜から4日未明にかけ、中国・北京の天安門広場の周辺で人民解放軍による発砲が始まった際、日本大使館一等書記官だった佐藤重和(69)は流れ弾が飛ぶ中、学生らと広場にいた。若者たちが弾圧されると「対中ODA(政府開発援助)など僕たちがこれまでやってきたことは何だったのか」と涙ぐんだ。…