Cecil Taylor: Solo (1973) 音の純度

音の純度を高めていき、それを極限にまで高めると、そこには享楽的な要素は消え去り、たた悄然と音そのものの奔流を眺めるだけになる。確かに、瞬間・瞬間を切り取ると、音の美しさは否めない。しかし、それが時間的に積分され、総体として表れるときには暴力的な存在であり、弛緩のための音楽という考えから圧倒的な勢い…