直江状写 文化遺産オンライン

慶長五年(一六〇〇)四月、徳川方は上杉方に対して謀反の疑いをかけ上洛等を要求した。「直江状」はこれに対する返状とされ、その要求を拒否している。これを読んだ家康は激怒し、結果として関ヶ原合戦までつながるともいわれる。ただし、本状を含め伝来し...