Evaṃ mayā dṛṣṭaṃ
id:tamtamgotama
ヴェーダにおける3つの過失
もうすこしサーンキヤについて。 『サーンキヤ・カーリカー』の冒頭で、ヴェーダの教義もまた経験的な他種の対処法と同様である=過失が認められる、ということが述べられました。 なぜでしょうか。 前回記事に掲載した偈文では①不浄、②消滅、③優位の別という3つのポイントが示されましたが、ここでふたたび『金七十論』…