Mahoramatic Non-fictionのコンセプトと城台による「しくじり先生」

Mahoramatic Non-fictionに心血を注いでいたのには訳がある。何かに全てを捧げようとしたところで無理な話しで、全力で何かに取り組めばハイにはなってもどこかで限界が来る。自分はそれが早いから、何かに行き詰ったらすぐに別の何かに手を出す。それを繰り返して何度も正気を保つための作業を繰り返していたように思う。…