伊東祐頼

伊東 祐頼(いとう すけより、1237年~1293年)は、鎌倉時代中期の武将、御家人。 伊東祐時の8男。母は三浦義澄の娘*1。通称は与一(または余一)、刑部左衛門尉。日向国諸県郡木脇を領したことから、木脇祐頼(きわき ー)とも呼ばれ、木脇氏の祖となった。 北条時頼の烏帽子子 『吾妻鏡』における祐頼 祐頼殺害事件 脚注…