島村抱月との因縁(4)(「早稲田文学」再興)

島村抱月が帰朝後に発表した文芸観に対して、中島孤島が異を唱えたちょうどそのころ、一方では、長いこと廃刊となっていた『早稲田文学』が再刊されるべく、その準備が進められていた。 第二期『早稲田文学』の編集部に集まったのは、抱月を主幹として、水谷不倒、東儀鉄笛、徳田秋江、中島孤島の5名となった。また相談者…