天保山界隈

(大阪市港区築港) 天保時代、船舶の入港を目的とした淀川の浚渫によって積み上げられた高さ十間の土砂に由来する。その後、土砂の流出や地盤沈下により、往時の四分の一の高さになった。同じく港に天保山の地名のある四国今治と、双方に暮らした我が父の言葉からもよく出てきた地名である。