京都守護職 松平容保の資料まとめ
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元治元年六月二十七日 > 容保、駕籠のまま武家玄関から参内する
二十七日、わが斥候が、長州藩士が襲来の気配あることを九条河原の営に報告した。それで、黒谷の本営に急を告げた。わが公は病をおして、本隊と内藤、生駒、一瀬等の隊を率い、家老一瀬を従えて清所門から参内した。禁裏附の糟谷筑後守が勅旨を伝え、特に武家玄関前まで駕籠をいれることをゆるされた。やがて伝奏衆から、…