御茶ノ水が「80年代初頭」まで原宿より断然イケてた理由――自由と集中が生んだ都市文化とは | Merkmal(メルクマール)
1970年代、御茶ノ水は“日本のカルチエ・ラタン”と呼ばれた。学生運動の熱が街を覆い、昼の文化が芽吹いた時代だ。1974年の女性大学進学率はわずか11.6%。それでも語学や芸術を学ぶ女性たちが街を彩り、原宿より早く“おしゃれの発酵”が始まっていた。昼に熟す都市文化の原点が、そこにあった。