〔エッセイ〕記憶と動き、色彩と線描|furuyatoshihiro
古谷利裕 ドローイングを描く意識 ドローイングを描くのは、それが、言葉には出来ず、感覚としてもはっきりとは意識化出来ないものを保存し、その反復を可能にしてくれるからだ。それが把握するのは、手の動きであり、手の逡巡であり、手を動かすことによって掴もうとする空間の感触であり、それによって掴まえたもの…