【張遼】合肥の鬼神|北河内呑兵衛
建安二十年(西暦二一五年)の夏、合肥の城を包囲したのは、日の出を飲み込まんとする「呉」の十万の軍勢であった。対する魏の守備兵はわずか七千。絶望という言葉すら生ぬるい、圧倒的な兵力差である。 曹操より届いた「教」には、ただ一行。 『賊来らば、張、李は出でて戦い、楽は城を守れ』 将軍・張遼、字は文遠。彼…