【豊臣秀吉】猿の焦燥|北河内呑兵衛
天正五年の冬、播磨の夜は肌を刺すように冷える。 羽柴筑前守秀吉は、陣屋の奥で一人、小さな灯明の炎をじっと見つめていた。その手には、自らが国元へ宛てて書いた書状の控がある。そこには、上月城から捕らえ出された女子供二百余人を、備前・美作・播磨の国境において、女は磔、子供は串刺しに処したと、誇らしげな筆致…