菊地成孔の『パワー・オブ・ザ・ドッグ』評(中編):映画が「ジャンル」自体をチェンジしてしまう時に発生する「怖さ」の質と量

『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(中編)/映画が「ジャンル」自体をチェンジしてしまう時、そこに発生する「怖さ」の質と量についてはめられた観客の主観 この記事には前編があるので、ここからお読みいただく方はそちらから先にお読みいただきたい。 本作はこうして、「考えさせられる((c)Netflix)…