戦国時代の南九州、激動の16世紀(2)薩州家の急襲、島津勝久の心変わり

領国経営に行き詰まった島津宗家(奥州家、おうしゅうけ)では、大永6年(1526年)に政権交代が実行された。14代当主の島津忠兼(しまづただかね、のちに島津勝久と改名)は引退し、新たに分家の相州家(そうしゅうけ)から島津貴久(たかひさ)が養子入りして当主に擁立されたのだ。そして、若い15代当主の後見として島津…