上堂(5)「如蒿枝拂著相似」(そんなものは蓬の枝で打たれたようなもの) 「臨済録」より
臨済は仏法の真髄を問う僧を棒で打ち、かつて自身が師の黄檗から受けた激しい打擲を「よもぎの枝で撫でられたようなもの」と回想します。これは、痛みすら忘れるほどの真理への渇望を説いています。理屈ではなく、身を挺した即妙の対応こそが仏道の肝要であると示す、峻烈な師弟のやり取りが描かれています。