【私本太平記6 第1巻 下天地蔵6 〈げてんじぞう〉】🎍二日の昼。彼は一ト綴《とじ》の和歌の草稿をふところに、冷泉為定《れいぜいためさだ》の四条の住居を訪ねていた。 為定は後に“新千載和歌集”を撰した当代著名な歌人である。

明けて、ことしは元亨《げんこう》二年だった。 ただしく過去をかぞえれば、武家幕府の創始者、 頼朝の没後から百二十二年目にあたる初春《はる》である。 又太郎は一室で、清楚な狩衣《かりぎぬ》に着かえ、 烏帽子も新しくして、若水を汲むべく、 庭の井筒《いづつ》へ降り立っていた。 彼の伯父なる人とは、六波羅評定…