【私本太平記8 第1巻 下天地蔵8完〈げてんじぞう〉】上杉憲房は以前からこの甥が好きらしい。又太郎の方でも甘えた頼みを抱いていた。それはこの人が、母の兄であるという親近感だけのものではなかった。

六波羅はもう夕《ゆうべ》の灯だった。 彼の姿を見ると、右馬介はすぐ侍部屋から走り出て迎えたが、 なにか冴えない容子ですぐ告げた。 「若殿。ついにここのご宿所を嗅《か》ぎつけてまいりましたぞ」 「嗅ぎつけて。……誰がだ」 「大晦日《おおつごもり》の小酒屋での」 「あ。あの犬家来どもか。それが」 「探題殿へ訴え…