【私本太平記12 第1巻 大きな御手④〈おおきなみて〉】姫を盗んだ下手人は、皇太子尊治の君とやがて知れた。‥さすが乳父吉田定房の家には連れず、よそに隠しおかれ、こよなき恋の巣と、潜んでおいでであった。

いまは九重の上、お噂とて、なかなか洩れ難いが、 かつて吉田定房の邸におられた皇太子時代には、 そうした豪気による放埒の御片鱗が、 しばしば世上に聞えぬでもなかった。 たとえば、その当時。 ある年の秋の一夜だったが、 西園寺《さいおんじ》の 前《さき》ノ太政大臣実兼《さねかね》の末の姫が、 とつぜん北山の邸…