大岡昇平 著『武蔵野夫人』より。戦争と平和。偶然と必然。

勉は幸福であった。道子と二人でゆっくり歩くのは、二人がまだ恋を意識しなかった頃、野川を遡って以来である。 勉はそれを道子にいわずにいられなかった。道子は「恋ヶ窪」で初めて自分の勉に対する感情を「恋」と呼んだ時のことを思い出した。あれからふた月と経っていない。それなのに自分はこんなに変ってしまった。そ…