日英同盟廃棄とチャーチルの悔恨|「新・日英同盟」の行方(4)

1902年に締結された日英同盟は、1921年、ワシントン会議における日本、英国、米国、フランス間での「四カ国条約」締結に伴い「発展的に」解消された。この日英同盟の廃棄は後に日本の命運を激変させることになるが、廃棄を主導したと言われるチャーチルは、どのように関わっていたのか。