社説[墓碑銘(県内)] 沖縄戦と差別を問うた | 社説 | 沖縄タイムス+プラス

 沖縄戦の実相を後世に伝えてきた「いくさの語り部」が、戦後76年の今年も相次いで亡くなった。 宮良ルリさんは、看護動員された「ひめゆり学徒隊」の一人だった。ひめゆりの塔がある第三外科壕の数少ない生き残りだ。 避難先の壕に米軍のガス弾攻撃が容赦なく降り注ぎ、多くの級友を亡くした。